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高松高等裁判所 昭和63年(う)84号 判決 1989年2月08日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小早川輝雄、同加藤保夫、同門司惠行、同吉嶋覺作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官安岡幸男作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

(控訴趣意中訴訟手続きの法令違反の主張について)

一  刑訴法三二一条一項二号後段違反の主張について

所論は、原判決は、原判示第一ないし第三の各事実についての証拠の標目として、川内啓市(以下「川内」という。)の検察官に対する供述調書八通を挙げているが、川内の検察官に対する供述は、捜査官の予断、独断による押し付け、誘導に基づくもの又は川内の捜査官に対する迎合によりなされたものであり、現に右各供述調書には、検察官の独自の見解、説明を記載した部分が多数あり、また軽微でも些細でもない点について、記憶違いや訂正が多く、殊に原判示第二事実について、川内と被告人夫婦との会話は、被告人の犯人蔵匿の犯意に関する重要なものであるのに、会話の前後関係、内容等の重要な事項について、種々の訂正や言い直しがある。その他、これら調書記載の川内の供述には著しい変遷や自己矛盾、客観的事実からの乖離が多数あって、右各供述調書には到底いわゆる特信性があるとは認められない。

したがって、川内の検察官に対する前記各供述調書に証拠能力を肯定してこれを証拠の標目に挙げた原判決には、刑訴法三二一条一項二号後段に違反する違法があり、右違法は明らかに判決に影響を及ぼすものであるというのである。

よって記録及び当審における事実取調べの結果により検討すると、捜査官が川内に対して違法に供述の強制をした形跡はなく、川内は捜査官に対して任意に供述をしたことが認められる。そして、捜査官が、予断、独断により、押し付け若しくは誘導し、又は川内が捜査官に迎合して、事実に反した供述をした形跡は認められない。しかも被告人は、徳島県下最大の暴力団組長であって、川内と永年に亘って親交があり、川内の県会議員選挙立候補にあたり積極的な支援をし、かつ選挙後、川内が選挙違反の捜査を受けるや、種々の精神的、経済的な支援をしたものであって、川内には、被告人に不利な供述をする理由はなく、川内は、捜査官に対して任意に被告人の犯人蔵匿、証人威迫等の事実を詳細に供述しており、しかも右供述には不自然、不合理であると認めるべき点はない。なお、川内の捜査官に対する供述に若干の訂正や変遷等があるのは、後記のとおり、同人が、被告人夫婦を庇って一部虚偽の供述をし、又は記憶違いにより被告人夫婦や森吉弁護士らとの会話内容又はその前後等を誤り、又は取り違えて供述し、後に供述中に虚偽の点があることを追及され、或は記憶違いがあることが判明して、その供述を訂正したためであると認められる。そして、川内の捜査官に対する供述は、矢野喜之(以下「矢野」という。)の原審供述及び捜査官に対する供述ともほぼ符号する。したがって、川内の検察官に対する供述は十分信用できるものと認められる。これに対して、川内の原審供述には、前示のような関係にある被告人に対する遠慮から、被告人に不利な事実の供述を殊更に避けようとする意図が明らかに認められ、不自然、不合理な点が種々認められるから、右検察官に対する供述と齟齬する川内の原審供述は、信用できないものと認められる。したがって、川内の検察官に対する前記各供述調書に刑訴法三二一条一項二号後段所定の特信性等の要件があると認めて、これを証拠とした原判決には、何ら所論の如き違法はない。

二  刑訴法三三五条二項違反の主張について

所論は、原審は、原判示第一の二の清酒の提供は社交的儀礼の範囲内のものであって違法性が阻却されるとの弁護人の主張に対して、特段の判断を示さないまま被告人を有罪としたから、原判決には刑訴法三三五条二項に違反する違法があり、これは明らかに判決に影響を及ぼす訴訟手続きの法令違反に当たるというものである。

よって検討すると、原判示第一の二の清酒の提供は違法性が阻却されるとの弁護人の主張は、被告人の所為が「選挙運動に関し、いかなる名義をもつてするとを問わず、飲食物を提供することができない。」とした公職選挙法一三九条所定の構成要件に該当することを前提として、被告人の所為に犯罪の成立を阻却すべき違法性阻却事由があるという主張であるとは認められず、いわゆる可罰的違法性がないとの主張にとどまり、結局右構成要件該当性を否定する主張に過ぎないと認められるから、原判決が、被告人の所為が公職選挙法一三九条違反の構成要件に該当するとし、これを罪となるべき事実として掲記し、右法条を適用して右弁護人の主張を排斥する判断を示している以上、更に判決中に刑訴法三三五条二項による判断を示す必要はない。したがって、原判決に所論の如き違法があるとは認められない。

論旨はいずれも理由がない。

(控訴趣意中事実誤認の主張について)

所論は、<1>原判決は、原判示第一の一において、昭和六二年三月下旬ころ、被告人が選挙運動に関し、川内に対してブランデー四八本を提供したと認定しているが、被告人は川内に対して、昭和六一年一二月に古いブランデーを渡したことがあるに過ぎず、かつ、これは選挙運動に関係のない個人的なやりとりで、社交的儀礼の範囲内のものであり、<2>原判決は、原判示第一の二において、被告人が選挙運動に関し、川内に対して清酒一〇本を提供したと認定しているが、本件全証拠によるも、右清酒の提供された状態や保管状態が明らかでないから、そもそも右事実は証拠上認定できないものであり、かつ、この程度の清酒の交付は、選挙運動に関するものではなく、社交的儀礼の範囲内のものであり、<3>原判決は、原判示第二において、被告人は、川内が公職選挙法違反(買収)の罪を犯して逃亡中であることを知りながら、その逮捕を免れさせるために同人を被告人宅に宿泊させて犯人を蔵匿したと認定しているが、被告人には犯人蔵匿の犯意及び行為は存在しないし、川内に対する捜査を実質的に妨害しておらず、<4>原判決は、原判示第三において、被告人が、川内の公職選挙法違反事件の捜査に必要な知識を有する矢野に対して、同人が直ちに警察に出頭したい意向を示したことから「お前金玉持っておるんか。しゃんとせえ。」などと語気鋭く申し向けて、同人に不安困惑の念を生じさせ、矢野を強談威迫したと認定しているが、被告人は矢野に対して原判示の如き強談威迫の行為に及んではいないから、原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認があるというものである。

よって検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示の各事実を優に肯認することができ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を総合しても、原判決に所論の如き事実誤認があるとは認められない。以下若干付言する。

一  原判示第一(公職選挙法違反)の各事実について

まず所論は、原判示第一の一について、被告人方には常時多数の贈り物の酒類などがあり、被告人は、友人等の来客に対して無頓着にこれを土産物として持ち帰らせる習慣を有していた事情などもあって、昭和六一年一二月に、日頃親交のある川内が牛肉を持って来たので、そのお礼として古いブランデーを梅酒に使って貰おうと思い、数量などを指示しないまま配下組員に命じて川内に渡させたものであり、このブランデーは川内の後援会の歓受帳にも記載されておらず、個人的なやりとりであって、選挙運動には全く関係がなく、社交的儀礼の範囲内のものである旨、なお原判示の証拠となった川内の検察官に対する供述は信用できない旨主張し、被告人も原、当審において右主張に沿う供述をする。

しかしながら、川内の検察官に対する供述及びその他の関係証拠を総合すれば、川内は徳島県議会議員選挙に立候補することを決意し、昭和六一年一一月九日には後援会事務所開きをしているところ、被告人は、川内が右選挙に立候補する決意を決めてからは、同人を当選させるために親族や知人に働きかけるなど川内のための選挙運動を積極的に行って支援していること、本件ブランデーの数量及びこれを被告人が川内に提供した日時は原判示のとおりであって、その提供日時は前記選挙の告示(昭和六二年四月三日)直前であり、通常の社交的儀礼の範囲を著しく超える多量かつ高額なものであること、なお被告人が川内に原判示のブランデーを「誰にでも飲んでもろうたらええし、配るとこがあったら配ったらええ。」と、投票等をしてもらうために、選挙民に配るなり、飲ませるなりすればよいとの趣旨で渡したことが認められるから、右ブランデーの提供は川内の選挙運動に関しなされたもので、社交的儀礼の範囲を越えることが明らかであって、被告人が贈答について、通常人と異なる習慣を有していたとしても、右結論を左右するものではない。

なお、川内の後援会事務所の歓受帳には右ブランデーの授受が記載されていないが、歓受帳は候補者が後に相応の返礼をするために作成するものであるとはいうものの、それが記載漏れのない正確なものであるとは考えられず、殊に右ブランデーの提供は、川内の後援会事務所以外の所でなされているのであるから、歓受帳に記載がないことから右ブランデーの提供が選挙運動に関するものでないとはいえない。

所論は、原判示第一の一の証拠とされた川内の検察官に対する供述は信用できない旨主張するが、川内は検察官に対して、具体的な根拠を挙げて被告人から本件ブランデーの提供を受けたのは昭和六二年三月下旬である旨一貫して供述しているところ、川内は原審公判廷においても同旨の供述をしていること、川内が被告人から提供を受けたブランデーを喫茶「ひのき」の店内に運び入れるのを目撃した同店従業員佐藤節子、被告人から右ブランデーのうち三本を貰い受けた長谷川一幸、鳴門旅館に川内が持参したブランデーを同人と共に飲酒し、残った一本を持ち帰った角本栄、右鳴門旅館の支配人鈴木良幸の検察官に対する各供述は、何れも川内の前記供述に沿うものであり、これら各供述には特に不自然、不合理な点はなく信用できるものと認められることなどの諸点を総合すれば、川内の検察官に対する前記供述が信用できないとする理由はない。そしてこれら各証拠に照らせば、所論に沿う被告人の原、当審供述は採用できないものである。

次に、所論は、原判示第一の二について、原判示の清酒の提供があったことを認定するに足る証拠はなく、かつ、右清酒は選挙運動に関し提供されたものでなく、右清酒の提供は日常の社交的儀礼の範囲内のものである旨主張する。

しかしながら、関係証拠、殊に押収してある出陣式歓受帳(当庁昭和六三年押第二〇号の一)によれば、右清酒は、原判示の日時、場所において、被告人から川内に対し選挙の陣中見舞いとして提供されたことは明らかであり、右清酒提供の日時、場所、その保管状態等を更に具体的に明確に示す証拠がないからといって、原判示の事実を認定することができないということはない。そして、記録によれば、前示のとおり、被告人は、当初から川内の選挙運動を支援し、同人を当選させるために知人や親族らに働きかけるなど積極的に選挙運動を行っていること、なお、右清酒の提供日時が右選挙の告示直後であること、被告人と川内の間では中元、歳暮の授受等がなされているが、酒類の授受は選挙に関する場合以外にはなかったことなどが認められるのであって、これら諸点に照らせば、右清酒は選挙運動に関し提供されたもので、かつ社交的儀礼の範囲を越えたものであると認められる。殊に、被告人は川内に対して前示のとおり既に多量かつ高額のブランデーを提供していることが認められるうえ、別に昭和六二年三月ころ焼酎二〇~三〇本位の提供もなされているから、本件清酒の提供は、右ブランデー等の提供の事情を併せ考慮し、それが社交的儀礼の範囲内のものであるか否かを評価すべきであると考えられるところ、本件の如く既に多量かつ高額の酒類が選挙運動に関して提供されているのに加えて、更に社交的儀礼の範囲内であるとは認め難い清酒の提供がなされたのであるから、これが、通常の社交的儀礼の範囲内に止まるとの考えを採用することはできない。なお、被告人と川内は日頃親交があり、被告人は、川内の関係する社会福祉法人「しあわせの里」に、昭和六〇年に清酒の一斗又は二斗樽等を寄付したことがあり、また、昭和六二年一月ころにも同様の樽酒等を川内の事務所に持参したことがあることなどの諸点を併せ考慮しても、本件清酒の提供が選挙運動に関するものであり、かつ、これが社交的儀礼の範囲を越えるものであるとの前記認定は動かし得ない。

二  原判示第二(犯人蔵匿)の事実について

所論は、原判示第二について、被告人は昭和六二年四月一三日夜半から同月一七日まで自宅に川内を宿泊させたが、川内は、四月一三日の夜遅く被告人方へ選挙で世話になった礼に訪れ、川内の選挙運動員松浦喜平が警察に任意同行されて帰って来ないことや、弁護士の選任などを話し合っているうちに深夜に及び、翌午前二時ころになって退去しようとしたが、被告人は、川内がこの時間に宿泊先を探すのは大変だと思い、また永年親交のあった川内が、落選のショックの上に自派の運動員が逮捕されるという追い討ちを受け、茫然としてなすところを知らないのを憐れみ、通常人の人情の赴くところに従って自宅に宿泊させることとしたものであって、被告人が川内を自宅に宿泊させた時点では、被告人は、川内が捜査の対象になっているということを知らず、ましてや川内の逮捕及びその捜査を妨害する意図は全くなく、また、川内を「かくまう」という認識はなかったし、当時川内に対する逮捕状の発付はなされていなかったから、被告人が川内を被告人方に宿泊させたことは、捜査の実質的な妨害になっていない旨、原判示の証拠となった川内及び佐藤節子の検察官に対する各供述調書は信用できない旨主張し、被告人も原、当審において、右主張に沿う供述をする。

しかしながら、川内の検察官に対する供述を含む関係証拠によれば、被告人は、内妻の浪花峰子と共に、川内を昭和六二年四月一三日から同月一七日まで被告人宅に宿泊させて面倒を見てやったが、その当初から川内が公職選挙法違反(買収)の罪を犯していたこと及び川内が捜査官による捜査の対象となっていたことを知っていたものと認められる。

蓋し、昭和六二年四月一三日午前七時ころ、川内の選挙運動をしていた松浦喜平は鳴門警察署に任意同行され、川内からの現金受供与等について取調べを受け、同日午後一一時一〇分ころ逮捕され、また、同日午後一一時三〇分から川内方居宅の、同午後一一時三五分から川内が経営していた川内組事務所の、同午後一一時四〇分から同じく喫茶「ひのき」の各捜索が警察によりなされ、翌一四日付け徳島新聞夕刊には川内方居宅が捜索されたことなどが大きく報道され、なお、同月一七日に川内に対する逮捕状も発付された。他方、川内は、同月一三日、松浦が警察に任意同行されたことから、公職選挙法違反(買収)の捜査が自己の身辺に及ぶことを予想し、今後の対応について相談すべく、同日午後一〇時半ころ、被告人方を訪ねて事情を話し、更に、同夜、その後の捜査の状況を直接又は浪花峰子を介しての電話などで探って、川内方が捜索されたことなどを知り、かつ、川内及び浪花峰子は、これを被告人に告げて対策を相談した。そして被告人は、他で宿泊しようとの意向を示した川内を被告人方に宿泊させてやり、翌一四日には被告人が依頼してやった森吉弁護士を被告人方に呼び、川内と共に、同弁護士から松浦の自供から早晩川内に対する捜査官の追及が始まることが予想されるとの話を聞いた。しかし、川内は引き続き被告人方に宿泊し、被告人もそのまま川内を宿泊させた。なお、同月一七日には、被告人夫婦は川内に頼まれて、配下組員に命じ、川内の逃走資金等を受け取って来させた。以上のことが前記証拠により認められるから、被告人は、当初から川内が公職選挙法違反(買収)事件を犯した犯人であり、警察が同人に対する捜査を開始していることを知りながら、捜査が同人の身辺に及ぶことを免れさせるために、同人をかくまって被告人宅に宿泊させ、もって犯人を蔵匿したことは明らかであると認められ、かつ、被告人の右所為が川内に対する捜査の妨害となったことも明らかであると認められる。

所論は、原判示第二の証拠とされた川内の検察官に対する供述は信用できない旨主張するのであるが、前示のとおり川内の検察官に対する供述は信用できるものと認められる。なお、川内の捜査官に対する供述中の逃亡の意思についての供述に、若干の変遷、齟齬等が認められるが、これは川内が、当時の逃亡の意思の程度を取調べの都度思い出して述べているためであって、これが特に不自然、不合理であるとは認められず、また川内が被告人夫婦と交わした会話内容やその前後について訂正、変更があるのも、川内において、被告人らに迷惑を掛けることをできる限り避けようと考え、捜査官に対して、被告人方に宿泊した期間について虚偽の供述をし、その結果、被告人方に宿泊している間の被告人夫婦との会話内容が不自然、不合理なものとなったこと、また記憶違いにより、被告人方に宿泊している間の被告人夫婦との会話内容が、混ざり合い、前後が逆になったりしたこと、そして後に川内が事実を述べ、また記憶違いがあることが判明した部分を訂正したためであることが認められるのであって、これが捜査官の予断、独断による誘導、押し付け、又は川内が捜査官に迎合した供述をしたためであるとは認められない。したがって、川内の検察官に対する供述が信用できないとする理由はない。なお、佐藤節子の検察官に対する供述に特に不自然、不合理な点は認められず、これが信用できないとする理由はない。また、前記認定に加えて、被告人は捜査段階で本件犯行をほぼ認めていたことに徴すると、所論に沿う被告人の原、当審供述は不自然と言うほかなく、採用できない。

三  原判示第三(証人威迫)の事実について

所論は、原判示第三について、被告人は同記載の日時、場所で矢野らと同席はしていたが、矢野を威迫したことはない旨、矢野は、自己に不利益な事実を殊更に過少に表現し、自らの行動の正当性のみを強調する傾向を有しており、その供述自体が客観的な事実と一致せず、不自然、不合理であって信用できない旨、なお、本件は捜査官が被告人及び森吉弁護士に打撃を与えるためにした虚構のものであり、現に矢野及び川内の捜査官に対する各供述調書は、その重要な点において不自然な変遷を重ね、その内容に重要な矛盾、齟齬があり、不自然、不合理な点が多々あって、これは捜査官の予断、独断に基づく誘導、押し付けないしは矢野、川内の捜査官に対する迎合によるものと認められるのであって到底信用できないものであり、これに対して被告人は捜査の当初から一貫して矢野を威したことを否定し、同席していた川内や森吉弁護士は何れも原審で被告人の供述に沿う供述をしていると主張する。

しかしながら、矢野の原審供述及び川内の検察官に対する関係供述調書を総合すれば、原判示のとおり、川内の公職選挙法違反(買収)事件の捜査に必要な知識を持つ矢野が早く警察に出頭したい意向を示したことから、被告人が「お前金玉もっておるんか。しゃんとせえ。」などと語気鋭く申し向け、矢野に対し強談威迫の行為をした事実が認められる。

所論は、矢野の原審供述及び川内の検察官に対する供述は信用できない旨主張するのであるが、矢野は、原審公判廷において、「買収事犯を犯し、逮捕を免れるために逃走したものの、長い逃亡生活に疲れ、早く出頭したい気持ちになって、森吉弁護士に率直にその気持ちを打ち明けた。しかし、同弁護士から、今暫く出頭しないように言われたが、自分がこれに従うと言わなかったところ、被告人から、原判示のとおり威迫され、恐ろしくて反論も出来なかった」旨、当時の状況などを併せて具体的かつ詳細に供述しており、その供述は自ら体験したものでなければ供述し得ない内容のものであって、極めて信用性の高いものと認められる。しかも、徳島県下最大の暴力団組長である被告人の面前においては、矢野は、被告人を恐れ、被告人に有利な供述をすることはあり得ても、被告人を故意に陥れるような虚偽の供述をするとは考えられないうえ、本件当時、同席していた川内も、検察官に対して右矢野の供述に沿う供述をしていることを併せ考えれば、右矢野の原審供述が信用できないとする理由はない。なお矢野は、当初、捜査官に対して、被告人から虚偽の供述をするように迫られ威迫されたと述べていたが、後に、出頭をするのを遅らせることに不満を示したところ、威迫されたと供述を変更しているが、これは、当日森吉弁護士宅で、川内派の選挙違反に対する捜査の進展に対応して種々方策が協議され、その中で本件犯行がなされたことから、矢野が、関係者の言動の順序等を詳細かつ正確に記憶していなかったため、後に記憶違いがあることが判明して供述を訂正したためであると考えられるから、右矢野の捜査官に対する供述の変更をもって、矢野の原審供述が虚偽のものであるとの結論を導くことはできない。また矢野は、四月二一日に森吉弁護士との間で川内が出頭した後で出頭することを了解したものの、逃亡生活に疲れ、早期に警察へ出頭することを願っていたところ、本件当日まで出頭する機会がなく、更に川内の出頭後に出頭するように言われたため、不満の意を表したとしても何ら不自然、不合理ではない。なおまた、矢野の逃亡経路等についての供述は、警察の追及がその身辺に及びつつある状況の下で、これから逃れようとしていた矢野の当時の心境に徴すれば、これが特に不自然、不合理であるとは認められない。

なお、川内の捜査官に対する供述の信用できると認められることは前示のとおりであり、川内の捜査官に対する供述が、被告人の証人威迫の原因となった矢野の態度について、矢野の場合と同様に変更しているのは、矢野の場合と同様の理由によるものであると解される。

もっとも、被告人は終始矢野を威したことを否認しているが、被告人は、当初から川内の選挙運動を支援し、川内が選挙違反に問われると、弁護士に対する依頼等の事後処理について、終始主導的に行動しているものであり、被告人の意に従わないものに対しては、威圧してでも意に従わせ、もって川内の選挙違反を有利に解決しようとする動機があったことが十分に窺われるし、また、当時矢野が警察に早く出頭したい気持ちを持っていたこと、矢野が早く出頭すると捜査が川内に不利になっていく恐れがあったことを認識していたと認められるから、被告人には矢野を威迫する動機があったことが認められる。そして、これに加えて右被告人の供述と前記川内及び矢野の各供述を対比すれば、被告人の右供述は採用できないものである。なお、川内は、被告人に不利な供述をその面前ではなし難い立場にあると認められるから、所論に沿う川内の原審供述は信用できないし、本件は元来被告人が森吉弁護士の意向を汲んで、矢野の早期出頭を止めようとしたものであるから、同弁護士の原審供述も採用できない。また、早渕弁護士は、森吉弁護士の依頼により、川内の選挙違反事件の弁護を応援することになっていたのであるから、早渕弁護士の捜査官に対する供述から、矢野の前記供述及び川内の検察官に対する供述が虚偽のものであるとの結論を導くことはできない。

論旨はいずれも理由がない。

(控訴趣意中法令違反の主張について)

所論は要するに、原判示第一のブランデー及び清酒の提供について、<1>公職選挙法一三九条所定の飲食物の提供とは、候補者が選挙人に対して飲食物を提供する場合をいうと解すべきであって、本件の如く、選挙人が候補者に飲食物を交付した場合は含まれないというべきであり、<2>同法条にいう「飲食物の提供」とは、「湯茶、菓子、弁当と同様に、その場において直ちに飲食し得るような物を、そのような状態で差し出すこと」をいうと解すべきであって、同法条制定後における経済状態等の著しい変更及び同法条の改正の経過に徴すれば、本件酒類の交付は、同法条所定の「飲食物の提供」の概念に該当しないと考えられ、<3>本件酒類の交付は、社交的儀礼の範囲内にとどまるものであり、同法条所定の「選挙運動に関するもの」ではなく、<4>同法条が定める選挙運動は、同法一二九条で認められている選挙運動期間中のことであって、立候補の届出後のそれを意味するから、本件ブランデーの交付は同法条に該当しないし、<5>仮に本件が同法一三九条所定の構成要件に該当するとしても、本件酒類の交付は社交的儀礼の範囲内のものであり、被告人の本件各所為は違法性を阻却されるから、本件について公職選挙法一三九条を適用して被告人を有罪とした原判決には、法令の解釈、適用の誤りがあり、これは明らかに判決に影響を及ぼすというものである。

なお、所論は原判示第二の犯人蔵匿についても、被告人の所為は捜査を妨害するものではなく、違法性がないから、これを刑法一〇三条に問擬した原判決には法令適用の誤りがあると主張するものと思われる。

よって検討すると、公職選挙法一三九条は、飲食物の提供を禁ずる者として「何人も」と規定し、特に候補者とは限定しておらず、また、同法条にいう「飲食物」とは、何等加工を要せずそのまま飲食に供し得る物をいい、「提供」とは、供与又は饗応接待をすることをいうと解され、更に、本条の禁止は立候補届出以後に限定して解すべきでないと解されており(昭和四五年六月一六日最高裁第三小法廷決定・刑集二四巻六号二六七頁参照)、以上の解釈は同法条制定の趣旨に沿うものであって、経済状態等の著しい変遷が認められるとしても同法条の制定の理由がなくなっていると考えることはできず、また、同法条の改正経過から同法条を所論の如く解釈すべき理由はない。したがって同法条を所論の如く限定して解すべき必要はないと考える。そして、記録により検討すると、前示のとおり、本件酒類の交付は選挙運動に関するものであると認められ、かつ、これが社交的儀礼の範囲を越えるものとして違法性を肯定し得る。

結局原判示第一の各所為が公職選挙法一三九条に該当することは明らかである。

なお、原判示第二の犯人蔵匿の所為は、現に捜査が妨害されたことを必要としないと解すべきである。

論旨はいずれも理由がない。

よって刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

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